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京都慕情と大阪LOVER [旅の記録]

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 何だか無性に走りたくなって。再び夜遅くに出発。

 とりあえず西へ。スタッドレスはないので、この時期に遠出するなら自ずと方向は限られます。この時期というのは1月のことです(笑

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 前と違い、新東名はトラックだらけ。しかも遅いのにしょっちゅうレーンチェンジしやがる。これなら中央道の方がマシだなあ。何つっても中央道には賑やかな一宮のラブホ街があるし(笑

 結局、ノープランで京都南インターまで来てしまいました。時刻は午前4時。中途半端な。京都の友人に会うには早過ぎるので、ひとまず嵐山の竹林を見に行くことにします。

 京都には何十回と来てるけどここは初めて。実は車で通れます。夜中なら顰蹙を買うこともないはず。三脚あるし撮影してみよう。

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 どこだよ…
 
 周囲は真っ暗。風に揺れる葉の音にビクビク、不意に人が現れるんじゃないかとオドオド。寒いよ怖いよ~。さすがにこんな時間に訪れる酔狂な人は皆無でしたが(自分以外)、粘っても良い写真が撮れるとは思えないのですぐに撤収。

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 お次は祇園の花見小路。あら、昼間以上に趣があっていい感じ♪

 あのひ~とのす~がたなつかしい~たそが~れのかわらまち~♪

 なんて口ずさみながら撮影。石畳だと映えますね。

 ちなみに一度だけここでお茶遊びしたことがありますが、年増の芸者が卑猥な唄を披露したのにドン引き。この時はそんな芸もあるということを紹介したのでしょうが、そんなに楽しくないかも。

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 調子に乗ってきたのでさらなる撮影地を求めて東山へ。住むならやっぱこっち側かな。地元の方はモダンな北山通り界隈あたりを選ぶのでしょうが。
 
 もっと町並みに統一感があればと思わないでもない京都ですが、この辺りは完璧!

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 青蓮院前にて。幕末の志士が歩いていそうな雰囲気が歴史好きにはたまりません。

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 青蓮院と言えば、1年半前に完成したてのここにも足を運びました。この建物は青龍殿といって、東山ドライブウェイを登り切った場所にある青蓮院の飛び地内にあります。北野天満宮にあった平安道場という建物を移築したのだとか。京都の絶景ポイントといえば同じ飛び地内にある将軍塚ですが、こちらの方が広々としていて、市内を一望できます。

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 市内へ戻り、白川沿いで一枚。観光客だらけの昼間はやはり撮影しづらい。動くなら早朝ですね。

 まだ時間があったので、第二京阪経由で大阪へ。最初の行き先は天神橋筋商店街の中村屋。「ごぶごぶ」にたびたび登場しているコロッケ屋さんです。 
 
 が、この日は売り切れてしまったようで、すでに店じまい。中村屋には前にも来たことがあって、そのときは休みでした…。後輩クンいわく「確かに甘くておいしいけど、所詮はコロッケですよ」とのことですが、そう聞くとかえって食べてみたくなるのが人情。う~ん、残念。

 そういえば、ごぶごぶ終わっちゃいましたねえ。テレビをほとんど見なくなったなか、数少ないお気に入りの番組だったので喪失感大きいです。特番は続けるようですが、ぜひ東野さんにも出て欲しい!

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 せっかくなので大阪天満宮の周辺を散歩。こういうカラフルできらびやかな建物は大阪ならではですねえ。

 大阪の観光地としての可能性ってどうなんでしょう?個人的にはシャッター通りやドヤ街を含むカオスっぷりが好みなんですが、それだけだと他のアジアの都市と変わらないような。ごみだらけなのもなあ。

 その点、どぎつい看板や建物はここだけのものなので、どんどん増やせばいいんじゃないかと。 

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 ということで、さらなる極彩色を求めて新世界へ。最近ごぶごぶの影響もあって頻繁に来ている大阪だけど、ここは20年以上ぶり。こういう派手な看板を掲げた串カツ屋、ずいぶん増えた気がします。まずい印象だったけど意外においしかったな。

 正直、大阪の食い倒れを過大評価と感じていたりしますが…「安い割に」であれば確かにそうですね。

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 極彩色ついでに。飛田新地も通りましたが、ここでは自粛させていただきまます(笑

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 結局、この日は宿泊せずに東京へトンボ返り。あいかわらずの慌ただしい旅ながら、息抜きには十分。京都も大阪も東京にはない魅力があっていいですね。次回はディープでマニアックな場所にも足を運んでみたいと思います。


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One Day Round Trip [旅の記録]

 当ブログでもすっかりおなじみ?の後輩クン。彼は3年ほど大阪に飛ばされ赴任しており、次の異動で東京に戻れなければ辞めたいとさえ漏らしていたのですが、このほどめでたく戻ることになりました。よかったねえ。
 
 だけどこれで先輩の肩の荷が降りたわけじゃありません。もう一人、かわいがっている後輩クンが地方でくすぶっているのです。彼の赴任先は岩手県沿岸部の某市。もう2年半になります。

 家賃は会社が肩代わりしているので、1号と違って貯金は順調にたまっているようですが、やはり独身。被災地復興に尽くす喜びを感じつつも、ここじゃ婚活すらできないなどとふてくされ気味です。婚活しても相手を確保できるとは限らないのにね。それに地方の方が良い暮らしができると思うんですが。

 「ドライブが好きならたまには遠出したらどうですか?こっちは暇すぎて死にそうッス」
 「東北か。そういや久しく行ってないなあ。たまにゃ行ってみるか。嫁さんと子供がこっちに戻ったら行けなくなっちゃっちゃうしねえ」
 「そうですよ。ていうか、ちゃっちゃちゃっちゃうるさいです!」

 こんな会話が交わされたとかいないとか(笑

 確かに宮崎行きを除けばずっと遠出していません。鬼の居ぬ間にという言葉もあるし、たまには早起きして出かけることにします。

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 金曜の仕事が「たまたま」早く終わったのをこれ幸いと、早めに帰宅してすぐに眠り、夜半に出発(いつぞやと書き出しが似ている気が…)。午前4時に碓氷峠にある横川サービスエリアへ到着しました。碓氷峠って何か違うような…時間も早すぎるけど、ちょうど星が見たかったしまあいいか。

 まずは軽井沢を北へ通り抜け、浅間山麓にある鬼押出し園へ。来てみると辺りは真っ暗。まずまずの星空です。

 せっかくなので軽く撮影してみると、オリオン座とおおいぬ座のシリウスがはっきり写りました。もう少し露出時間を長くとれば天の川もいけるかも。

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 と思っていたらあっという間に空が白み始め、三脚のセッティングをしている間に夜が明けてしまいました…。しゃーない。気を取り直して周辺を軽く流すことに。

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 鬼押しハイウェーは西武グループが所有する民営道路で夜間は無料。この時間は交通量もほとんどありません。早起きは三文の得とはよく言ったもんだ。この日は10月11日。周辺はすでに色づき始めていました。写真はエフェクトかけてますが…

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 浅間山を一周した後に向かったのは軽井沢タリアセン。湖畔に美術館や英国風の庭園を配したレジャー施設です。タリアセンはウェールズ語で輝く眉という意味ですが、おそらくフランク・ロイド・ライトが米国に構えた工房からとったのでしょう。

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 近くに有島武郎が愛人と情死を遂げた別荘があったりしてなかなか興味深いところですが、基本的にはカップルやファミリー向けで、おやじ一人で行く場所ではありません…。口をぱっくり開けてエサを待ち受ける鯉がキモい…

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  で、なぜ訪れたかというと、この建物が見たかったから。睡鳩荘(すいきゅうそう)という、かつて軽井沢にあった別荘を移築・保存しているのです。
            

 別荘を建てたのは、三越や王子製紙の重役を歴任した朝吹常吉。当ブログでも取り上げたことのある朝吹磯子の夫で、登水子の父になります。

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 前列左から登水子、常吉、磯子。1932年(昭和7年)の写真だそうです。とても5・15事件と同じ年とは思えませんね。
                
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 一部和風のスパニッシュコロニアル建築とでも言えばいいんでしょうか。わりと簡素です。設計したのは牧師で、メンソレータムを日本で販売したことでも知られるW・M・ヴォーリズ。この人は軽井沢の別荘をいくつも手がけていますが、どれも簡素な作りをしています。真のセレブというのはそんなものなのかもしれませんね。

 とはいえ、常吉は英国留学経験者らしく、北海道からわざわざ薪を取り寄せたりと、貴族趣味的なこだわりも持っていたようです。

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 1階。フランスで暮らしていた登水子さんは、この建物で夏を過ごすためにわざわざ帰国していたそうです。よほど愛着があったんですね。

 建物は2階だけが有料になっています。寝室が4つあるだけで大して見所はないうえ撮影禁止ですが、後世に引き継ぐためにも払っていただければ。

 ちなみに、朝吹邸といえば東京・高輪の本邸も現存しています。残念ながら、現在は東芝山口記念会館となっていて東芝関係者以外は入れません。伝手を頼って一度同社にお願いしたんですが見事に断られました。チェッ。

 ただ、例の不適切会計とやらで懐具合が苦しくなっているのでいずれは売却するかも。そうなれば内部を見られるかな?

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 これが本邸の写真。現在は狭くなっているようですが、前に書いたように2000坪もの広さがある広壮な邸宅だったそうです。この建物は丘の中腹にあります。今ほど品川沖の海が埋め立てられていなかった時代はどんな景色だったんでしょう。

 さて、この後は中山道の宿場町や美ヶ原に行こうと思っていたのですが、疲れてきたので断念。あと1カ所だけと思い立ち寄ったのが、岡谷市にあるプリンス&スカイラインミュウジアムです。

 特にひいきの自動車メーカーはありませんが、強いて言えば日産党。もちろん、リーフよりも180SXの方が断然かっこいいと思ってるタイプです。

 正直、展示内容からすると入場料1000円は高いです。それに冬場は休むので注意。ただ、愛好家の方が作った施設だそうなので、激励のつもりで気持ちよく払います。
 
 施設の1階は売店やグッズの展示コーナーで、地下に歴代のスカイラインや旧プリンス工業の車が置いてあります。V35型以降がない点はこだわりなんでしょうか。

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 当ブログ初登場のR31スカイライン。歴代で一番の不人気モデル、って言い切っていいのかな?正直、登場した際には子供心にガッカリした記憶が。ただ、その苦い経験が伊藤修令さんを突き動かし、R32型を大成功へと導いたことを考えれば存在意義はあったかと。 

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 そのR32。これも初登場ですね。あくまで個人的感想ですが、スカイラインはデザイン的にはR32も含めてどれもイマイチだと思います。サーフィンラインっていらなかったんじゃないの?

 ただ、近所にコーナーランプをクリア化した銀色のR32GT-Rがいて、たまに遭遇すると食い入るように見てしまいます。デザインとかおかまいなしに人を惹きつける力がある、それがスカイラインの名車たるゆえんなんでしょうね。

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 R33も初めてかな。サイズアップしたせいか不遇をかこつ結果となってしまいましたが、デザイン的にはこっちが上かも。端正すぎて「艶」がないという感じもしますけどね。少なくとも、無理にハコスカのデザインテイストを取り入れようとしたR34型よりは評価高いです。

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 これはスーパーシルエットではなく、その次のJSS仕様と呼ばれるタイプ。まじまじと見ていたら乗っても良いとのこと。いざ乗ってみると予想以上に目線が低い!やはりスポーツカーはこうでなくては。

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 スカイラインといえば、やはりハコスカとケンメリは外せません。ハコスカの4枚ドア、状態が良いものだといくらするんだろ。維持費を考えるとやっぱ無理かなあ。

 片山豊、櫻井眞一郎、前澤義雄と、ここにきて往年の日産を支えた方々が次々と鬼籍に入られ、寂しい限り。現行車にもノートのようにデザイン、性能ともに優れた車はあるとは思いますが、全体的には停滞気味に感じます。ゴーン社長にはコストカットだけでなく、モノづくりにも配慮してほしい!

 ちなみに、この日はほぼ客がおらずガラガラ。それというのも、秋のイベントを翌日に控えていたからです。相変わらず間が悪いったらありゃしない。

 ということで、今年はこれで打ち止めかと思っていたら、翌々週に再びチャンスが!さっそく出かけることにしました。

 まず向かったのが、草津温泉の先にある志賀草津道路。日本の道百選にも選ばれている有名な道ですが、この時期はまだ閉鎖こそされていないものの、火山活動の影響で朝8時から夕方4時30分まで通行止め。それは知っていたのですが、ギリギリまで行けば標高が高いので美しい星空が見られるだろうと。
  
 で、行ってみると確かに星はそれなりに見えたのですが…ものすごい強風!標識は揺れっぱなしだわ、暗闇の中で轟音は響くわ、とにかくすごかった。誰もいなかったこともあり、宮崎で無数の台風を経験した当方ですら今までで一番怖く感じたほど。しかも行きがけに降り積もった落ち葉でスリップしてしまい、あやうく廃車にしてしまうところでした。下りだったらアウトだっただろうな。

 それでもこの日は、

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 クルマの撮影地としても有名な某温泉や、

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  榛名湖を訪問。十分に色づいていましたが、うまく色がでなかったのでエフェクトかけてます。。。

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 カルデラを突っ切り、榛名湖から伊香保温泉へ向かう道路は絶景。心ゆくまで秋を満喫できました。

 「というわけで後輩クン、体が重くて家に籠りがちだったけど、いざ出かけてみるとすごく楽しかったよ」
 「えっ、こっちに来てくれるんじゃなかったんですか?」
 「行こうと思ったんだけどこれから何かと物要りだから。子供ができたっちゃしねえ」
 「確かに。ていうか、今度はラムちゃんですか…」


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ディーズデイズ [その他]

 わけあって、ここ数カ月は一人暮らしをしています。といっても、学生時代のように自堕落な生活を満喫しているわけではなく、夜型を返上して早寝早起きの規則正しい生活を続けています。           

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 それじゃ「らしくない」と思ったわけではありませんが、ある日の仕事帰り、ふと思い立ってそのまま深夜ドライブへ出かけることにしました。

 一度とことん自分を追い込んでみたいと思い、実際に自らを叱咤激励しなければならないほどの状況に身を置いて何年経ったでしょうか。不惑なのにまだまだ迷ってばかりですが、ギリギリの状況をしのいでいく中でようやく自分の考えが間違っていないという手応えをつかみ始めています。無理を重ねた分、自分の中に封じ込めていたいろんな感情がたまったので、そろそろ捨てに行くことにします。

 行き先は決めません。ひたすらさまよい人になります。

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 寒くなってきたせいか、首都高から望む東京の夜景はいつもより華やいで見えます。

 見ている側の心境のせいかもしれません。孤独だった学生時代。傍観者でいてはいけないと思い、周回遅れでようやく社会に飛び込んだ新入社員時代。独身生活に別れを告げた時、そして今日。この街は人生の節目ごとに全く違った顔を見せてきました。今日のように祝福されていると感じるときもあれば、逆に冷酷非情な一面をのぞかせることもありますが、ここを離れようと一度として思わなかった理由はそこら辺りの天の邪鬼さにあるのかもしれません。

 役所にオフィスビル、観光地と、主立った場所はほぼ全て訪れたはずなのに、全く極めた気がしない。今まで目にしたどの都市とも異質で、飽きっぽくて退屈が嫌いな自分にとっては理想的な街です。

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THE BEATLES 「I Am the Walrus」
GENESIS 「The Brazilian」
LOVE PSYCHEDELICO 「These days」
Metallica 「Low Man’s Lyrics」

 必ずしも曲調と一致しませんが、せき止めていた感情の処理に困ったときや、エネルギーを使い切って心がカラカラに乾いたときは、これらの曲を好んで聴いてきました。
      
 湾岸線を経て東名高速に入り、とあるパーキングエリアで一服。ぼんやり夜空を見ていると、どこからか、ずだ袋のようなミリタリーバッグを背負い、ベースボールキャップを目深に被った、ジーンズ姿の痩せた若者が近づいてきました。

 「古い車だね」

 ため口をきかれても不快に思わなかったのは、その目が好奇心に満ちていたからかもしれません。

 「乗る?」

 いきなりキーを渡された若者は、「ペーパードライバーなんだけど…」としばらく躊躇した後、意を決したように無言で車へ乗り込みました。

 東名から小田原厚木道路に進み、箱根方面へ。運転に慣れるにつれて、彼は饒舌になっていきました。大学に面白さを見いだせなくて通うのをやめてしまったこと、何かが変わると思って衝動的に旅に出たこと、とりあえずヒッチハイクを始めたものの、今日の自分と同じで目的地を決めていないこと…。若者にありがちな話はけして退屈ではなく、むしろ新鮮で、気がつけばいろんな話題について語り合い、こちらもいろんなことを打ち明けていました。誰にも話してこなかったことを含めて。

 「そっか、きっとかわいい男の子だろうな。会えないとつらいね」

 「あとしばらくの辛抱だから。でも歳食って授かったせいもあるのかな、やっぱり親ばかになるんだねえ。毎日思ってるよ。そばにいたら抱きしめてあげるのにって」

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 御殿場を経由し、富士山を望む湖に着いたあたりで夜が明けてきました。湖畔ではすでに数人のキャンパーが目を覚まし、気嵐に包まれた幻想的な湖に見入っていました。

 「たまった感情を捨てるにはうってつけの場所だな」

 「新しい命の誕生を祝う場所としても、ね」

 「うん。そしてまた新しい朝が始まるんだ」
 
 ゴミ袋を放り投げるようなしぐさをして振り返ると、若者の姿はいつの間にか消えていました。周りのキャンパー達は景色に夢中で、誰一人としてそれを不思議がっていない様子でした。もしかすると、感傷に浸りたい気持ちが20年前の自分を一時的に蘇らせたのかもしれません。


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三たび南へ・その3 [旅の記録]

 宮崎では忙しくて用事以外ほとんど動けませんでしたが、せっかくソアラで来たので合間にちょっとだけ流すことに。
           
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 シーガイア前。ドライブするなら日南フェニックスロードとともに必須の道路です。

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 シェラトン・グランデ・オーシャンリゾート。高さ154メートルの「バブルの塔」です。以前、運良く高層階に宿泊させていただく機会がありました。絶景でした。数キロ先の実家が豆粒のように見えました。。。

  めちゃくちゃ高級な郷土料理屋も。椎葉産の椎茸は口の中で溶ける宮崎牛顔負けの食感!ただしお金に渋い地元民は使いません。

 リストラやアジアの観光客増加でようやく止血できたかな、というところですが、この先どうなるんでしょう。カジノが認められる可能性はかなり低そうだしなあ。

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 海沿いを走る一ツ葉有料道路。昔からある道路です。お金に渋い地元民はやっぱり使いません。パチンコには使うのにね。景色は素晴らしく、2020年には無料化されるので今後に期待。

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 幼い頃、この海を見てはどのくらい行ったらアメリカや南米に辿り着くんだろうと想像を巡らせていました。思えばそれが旅好きの原点な気がします。
              
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 堀切峠。ピーカンならという条件付きですが、日南フェニックスロードはどこにも負けない素晴らしい道路だと思います。

 いや、だったというべきでしょうか。
  
 天気はともかく、舗装が悪く、車線の塗装ははげはげ。新婚旅行のメッカだった面影はなく、もはや岩切章太郎の遺産を使い果たした観があります。道路の悪化はシーガイア前も同様でした。財政が厳しいとはいえ、観光スポットは多くの人に見られるので、予算を傾斜配分してきちんとメンテしてほしいです。

 堀切峠の沖には座礁事故を起こしたタンカーの残骸が沈んでおり、今もマストが海面上に顔をのぞかせています。韓国籍だかのタンカーで、離岸作業に失敗し、賠償問題が暗礁に乗り上げたため、やむなく放置しているとか。近年は日本近海でこうした事故が頻発しているようですが、慣れ親しんだ海を汚されるのは耐え難いことです。

 

 さて、復路は寄り道せずオール高速に挑戦。午後1時半に出発し、まずは宮崎道~九州道経由で北九州へ。

 東九州道は使いません。例のミカン農家の部分が開通していないことを別にしても、北九州まで行くなら九州道経由の方が早いです。距離的には東九州道の方が短いものの、その差は30~40キロと、意外に差はありません。東九州道は片側一車線という不利を抱えているので、この程度の差は簡単に覆せるはず。

 ただ、精神的には九州道もかなりきつい。何せ東京へ向かうのに西に走りださなきゃいけないんですから。国土第二軸が完成してくれれば…と思ってしまいますが、費用対効果を考えると絵空事なのは言うまでもありません。

 この日は大雨。スリッピーな路面に足をとられたのか、九州では2カ所で事故ってました。うち1つは多重事故。安全運転で行きます。

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 雨のせいもあるんでしょうが、宮崎道はガラガラ。利用率ワースト1位になった路線だけあります(哀

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 熊本に入って間もなく10万キロを超えました。2005年に3万キロで購入したので丸10年で7万キロですか。やはり週末ドライバーだとなかなか増えないですね。

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 佐賀県の鳥栖JCTにさしかかったあたりから混み始め、福岡に入ると無理な車線変更をするトラックに蓋をされることが増えてきました。この辺りのドライバーはマナーが良いって聞きてたんだけど。確かに、車線変更した後でみんなハザードたいてたけど、それでマナーが良いとはいわない、よねえ。

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 関門海峡を5時に通過。まだ4分の1…小倉は自分のルーツの一つなので寄りたかったのですが、中途半端な時間なのでやはりパス。

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 山陽道ではなく、中国道を選択。中国道は宮崎道に負けないくらいガラガラでした。やっぱりみんな山陽道派なのかな。確かにカーブが多くて飛ばせないけど、運転はこっちの方が楽しいと思うんですが。

 飛ばせない分、オートドライブが使えるので膝を休めることはできました。

 気をつけないといけないのは給油。山口の美東SAから広島の安佐SAまで150キロもガソリンスタンドがなくけっこう不便です。距離的なことも考え合わせると、広島で山陽道に入るのがいいかもしれません。

 結局、広島を7時、大阪を10時をすぎ、名古屋を12時すぎに予定通り通過。旅情に浸る間もなく、明けて4時ごろに13時間半で自宅に到着しました。今回のルートは1344・6キロの距離があるので、平均速度はほぼ100キロ。あっ、誤植ということで(笑。飛ばしたわけではなく、巡航速度を心がけたつもりですが、新名神と新東名はうっかりスピードを出しすぎてしまわないよう気をつけないといけません。

 ちなみにナビは使用せず。というか地デジ開始時にとっぱらってしまったためついていません。とりあえず買った韓国製のポータブルがまったく使い物にならずすぐに後悔。安かろうではダメですね。東京の主だった道は分かるし、今やテレビを見ることもないのでいらないかな。いざとなればスマホで対応できるし。
 
 ルートを考えながら走ったこともあって退屈になることはなく、各地のラジオが面白かったので音楽もあまり聴きませんでした。

 車で帰ると決めた時点でガソリン代のことは気にしないようにしました。とりあえず燃費を計算してみると、宮崎~安佐SAで何と10・8キロ!ほぼエアコンをつけていたことを考えると、うまくやれば12キロぐらいまでいけるかもしれません。ガソリンタンクの容量は70リットル。実際そうするかはさておき、1回給油でもいけそうです。

 復路はトイレ休憩と給油で3回ほどSAに軽く立ち寄っただけにもかかわらず、往路同様、疲労という点では平気でした。ただし、右足はちぎれかけてポヨンポヨン、じゃなかったブランブランしてましたが。青春18きっぷで40時間近くかけて帰るのに比べればわけありません。

 「てなわけで後輩クン、思ったより疲れずに済んで良かったよ」
 「その割にはヨボヨボ歩きですけど…」
 「ああ気にしないで。そういや君は熊本市出身だったよね。シルバーウイークに2人で帰っちゃっちゃおうか!」
 「絶対イヤです。ていうか、ちゃっちゃちゃっちゃうるさいですよ!」


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三たび南へ・その2 [旅の記録]

 けっこう急いでるんだけど曲がってしまったもんはしょうがないよね~と自分に言い聞かせ、それならと四国からフェリーで九州へ渡ることに。

 本州から四国へ車で渡る場合、①明石海峡大橋②瀬戸大橋③しまなみ海道-の3ルートがあります。大阪方面から来る場合、時間的には①か②。松山方面に抜けるなら②が最も早いようです。①を使う場合、徳島道か高松道を通ることになりますが、徳島道は今年3月に鳴門JCT~徳島IC間ができて完全につながったものの、全て片側1車線。高松道も現時点では大半がそうなので、交通量がある場合は遅くなってしまいます。

 しまなみ海道は一番時間がかかります。料金も高めで、渡った後に今治市内でいったん高速を降りるため、割引が適用されなくなる場合も。

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 瀬戸田PAにて。なかなかの眺めでした。背後の多々羅大橋は、塔から張ったケーブルで橋桁を直接支える斜張橋としては、世界最長の長さ(890メートル)を誇ります。

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 でもさ、いくら何でも景勝地にこの横断幕はないでしょうよ。日本は景観を後回しにするところがダメなんだよなあ。

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 第一、第二、第三と続く来島海峡大橋。瀬戸大橋や明石海峡大橋にも負けない大迫力に感動!

 訪日外国人が急増する中で置き捨てられている観のある瀬戸内ですが、ポテンシャルは日本屈指だと思っています。昔は重要な客船の航路だったこともあり、幕末に日本を訪れた外国人の手記では長崎、富士山とともに絶賛の嵐。もっと積極的にPRして、短時間で良さを堪能できる観光商品をそろえれば地域経済が潤うのでは。 

 しまなみ海道のSA・PAでは、橋を渡りきった今治側にある来島PAが最も眺めが良いはずです。ただ、瀬戸内らしい景色を堪能したいなら、やはり高速を降りて島々の沿岸まで足を伸ばすか、船で島々を縫うように巡った方がはるかに良さそうです。いかんせん今回は時間がなさすぎました。

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 松山市を過ぎたところで絶好の天気になり、ちらっと海が見えました。

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 南予地方は内陸の景色も抜群。瀬戸内とともにもっと人気があってしかるべき場所です。大好きな宇和島まで足を伸ばしたいところですが、時間がないのでここもやむなく断念。

 さて、九州への選択肢は自分の知る限り5つ。
 ①宿毛(高知)から佐伯(大分)へ行く宿毛フェリー 
 ②八幡浜(愛媛)と臼杵(大分)を結ぶ九四オレンジフェリー
 ③三崎港(愛媛)を出て佐賀関(大分)へ向かう国道九四フェリー
 ④八幡浜と大分の別府、臼杵間をそれぞれ結ぶ宇和島運輸フェリー
 ⑤松山・小倉フェリー

 ちなみに四国ではありませんが、山口の徳山と大分の竹田津を結ぶ便もあります。

 豪華さや料金の安さ、仮眠時間をしっかりとれることを考えると九四オレンジフェリーが良さげ。便数の多さと時間の早さを選ぶなら国道九四フェリーかな。今回は時間優先で後者を選びました。

 国道九四フェリーの自動車航送運賃は8700円(5メートル以内、1人分の2等運賃込み)。九四オレンジフェリーの1万1350円よりは安いけど、30キロ(所要70分)しかないことを考えれば高い。ネクスコと協力して、本州から九州へ渡る車だけでも運賃を割り引いてくれないかな。そうすれば東京や大阪から四国経由で九州南部に帰省する人が増えるはずって、もともとそんな奇特な人はあまりいないか。

 それにしても日本のフェリー網は貧弱としか言いようがありません。ひところの原油高でさらに減ってしまいましたしね。海に囲まれた国にふさわしからぬお寒い状況は本当に残念。

 三崎港は佐田岬半島の先端に近い場所にあります。八幡浜からメロディーラインを利用。ここでは「みかんの花咲く丘」のメロディーが聴けます。

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 こちらが瀬戸内海(伊予灘)側。向こうに見えるのは周防大島かな。

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 そして太平洋(宇和海)側。右側奥に大分県とおぼしき陸地が見えます。宮崎と違って対岸が見える風景はいつ見ても新鮮。できれば先端の佐田岬まで足を伸ばしたかった。

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 三崎港。こんな風景大好きなんですよねえ。

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 国道九四フェリーは1時間おきに出ているのでとても便利。こんな風に列に並んで、

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 乗船。車で乗船するのはまだ2回目なのでちょっとドキドキ。

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 そして駐車。乗船時間70分は寝るには中途半端ですが、四国入りしてから疲れ始めていたのでぐっすり眠れました。

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 この航路、国道扱いなんだそうです。だから国道九四フェリーなのか。

 午後4時すぎに佐賀関港へ到着。ようやく九州上陸です。ここまで来ればあとわずかというのはウソで、ここから宮崎市までは170キロ以上。宮崎が陸の孤島であることを痛感させられます。

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 臼杵インターから東九州道へ。東九州道ができて便利になった、と言いたいところですが、う~ん。新しい道路なので走りやすいのはそうなのですが、いかんせん片側1車線なので、ノロノロ運転の車が前にいたりすると途端に行列状態になってしまいます。

 地元ながら、この道路いらなかったかも。国土の均衡ある発展は大事ですが、あまりに費用対効果が低いのは考えものです。金をあげるのではなく、権限を委譲して自立精神を養わせた方が地方のためになると思うのですが。

 東京が地方を経済的に支える今の状況はもはや限界。助けている側の東京都民が家も車もろくに持てず、満員電車に耐えてるなんて!せめて外環道を早く作ってくれ!(と、声を大にして言っておく)。それはさておき、環境負荷を減らす上でも人口を一部の都市に集中させた方がプラスになるかと。

 それでも北九州ナンバーの車が何台がいたので少しは経済効果があるのかな。今なら無料区間があるのでぜひ一度宮崎へお越しを!

 結局、宮崎に到着したのは夕方の6時すぎ。出発から16時間半か。膝痛はともかく、意外と疲れませんでした。日ごろから疲れている分、こういうときには疲れを感じにくいのかな。


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三たび南へ・その1 [旅の記録]

 そんなわけで、NZ旅行の失敗を反省して今年は旅行を自粛。
 
 まあ、しないわな(笑

 海外はしばらくやめですが、つねに次の機会をうかがっておりました。

 そんな折、今年の夏休みに実家のある宮崎市へ一週間ほど単身帰省することに。

 海外に行かないので時間はあるし、必要な用事なので帰ること自体はかまわないんだけど…
 
 東京での生活基盤が整って以降は、帰省しても半日で飽きるようになったため、いつも土日を使って帰省しています。だから貴重な夏休みを使って1週間も田舎に帰るのはどうも気乗りがしない。「毎回飛行機で帰るのも飽きちゃっちゃったよ」

 それを聞いた後輩クンがポツリ。「もしかして車で帰省するとか?」

 「あ、それいいアイデアかも!車で帰省しちゃっちゃお~か~」
 「本気ですか?ていうか、ちゃっちゃちゃっちゃうるさいです!」

 こんな会話が交わされたとかいないとか(謎

 ソアラに乗って丸10年、東京~大阪間は何度も往復していますが、一番遠い場所となると徳島止まり。宮崎まで到達すれば大幅な記録更新です。それに一度は故郷の風景に溶け込ませてみたい。もともと現地でレンタカーを借りる予定で、飛行機も普通運賃になりそうだったので、車で帰っても費用的にはそんなに変わらないし。

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 とはいうものの、宮崎は果てしなく遠い…。直線距離でも900キロぐらいあるのに、高速だと関門海峡を通って迂回する形となるので1350キロぐらいに増えます。現時点で高速が通っている場所の中では北海道とどっこいどっこい。少なくとも鹿児島市よりかかります。ただでさえ慢性疲労症候群で普段からひーこら言ってるのに、無傷で乗り切れるとは到底思えない。

 そういいながら、すでにワクワクしている自分がいるから困ったもんだ(笑。遠いなら遠いでルートを考える楽しさがあるしね♪

 といいつつ、一向にルートを決めきれないまま当日を迎えることに(笑。oz、nz、そしてmz(宮崎)と続く「南へ3部作」(超強引)の最終話は、いつも通り行き当たりばったりのスタートです。

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 金曜日になぜか風邪を引き、早退して寝だめ。日付が変わる直前に起きた後、コンビニで食糧などを買い込み、小雨のなか午前1時に出発。ファミマの回し者ではないのであしからず(笑

 十分寝たので気分は爽快ですが、タイミング悪く右膝周辺から太もも裏側にかけて激痛が。もともと膝が悪いうえ、ソアラのシートが合わないのか乗るたびに悪化させており、不安材料を抱えた中での出発です。

 自宅から調布インターが近い当方は中央道派ですが、今回は東名を選択。ところが使い慣れている東名川崎インターまでの道を間違え、30分も時間を浪費。朝の大阪の渋滞を避けたいのでこのロスは痛い。

 中央道と東名は距離的にはほぼ同じです。中央道はアップダウンがあるので燃料消費が激しいという声もありますが、実際は変わらないみたい。冬場の凍結や渋滞を考慮しなければどっちでもいいかと。

 ただ、東名と並行する新東名を使うとなると話は別。新東名は140キロを想定して設計されただけありかなり走りやすく、伊勢湾岸道、東名阪、新名神と乗り継げば相当距離が短くなります。今回が初めてでしたが、本当に快適で素晴らしい!中央道も甲府から飯田まで南アルプスを突っ切るルートができればなあ。

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 東名阪の渋滞には遭遇せずに済みました。次の新名神も初めて。過去に2度利用するチャンスがあったのですが、いずれも間違えて名阪国道に入り、天理へ向かってしまうミスを犯していたので慎重に通過。

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 新東名同様、かなり走りやすい!もうこれで中央道から名神に入るルートを使うことはないかな。

 滋賀県の草津で名神に合流し、そこから兵庫県の西宮まで突っ走ります。京都~大阪間は京滋バイパスもありますが、使ったことがあるのでパス。新名神の高槻JCT~神戸JCT間が完成すればさらに早く行けるようになりそう。

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 交通量は写真程度でそれほどではなく、兵庫県の西宮名塩SAには予定通り7時ごろ無事到着。平均速度は詮索しないでね(笑

 ここからは山陽道か中国道。ここが一番の迷いどころ。

 中国地方の真ん中を突っ切る中国道はカーブが多く、アップダウンが激しい一方、交通量が少ないのでスイスイ行けそう。これに対し、山陽道は都市部に近くて気分的には楽しめそうだけど、やはり山の中を通るし、トンネルが多い。渋滞もしやすそうです。九州へ抜けるならやっぱ中国道かと思いつつ、賑やかそうなのにつられて山陽道へ(笑

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 天気が良くなってきました。渋滞に巻き込まれることなく岡山を9時ごろ通過。これだけ長距離を走ってもほとんど疲れないあたりさすがはソアラです。ただ、山陽道はここからが長い。

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 と、思っていた矢先に見えてきた「しまなみ海道」の文字。そういや一度も通ったことないな~とボンヤリ考えていたら、いつの間にか左に折れてました(笑。さて、どうしよう。


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再び南へ・その4 [旅の記録]

 翌朝目覚めてみると空はすっかり晴れていました。さすが晴天率の高さが売りなだけあります。

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 今回の宿泊先はホテルではなく、ロッジ。不慣れなためチェックインの仕方が分からず、おかげで前夜はフロントを探し求めて嵐の中を歩き回るハメに。近くの建物のベルを鳴らして中国人家族に聞いても要領を得ず。結局、看板に書かれた番号に電話して聞いてみたら管理人の建物はあるけど夜は誰もいないとのことで、「ドアは空いているから自由に使って」との答えが。空いてたの?恥ずかしい~。

 値段は忘れましたが、NZは豪州並みかそれ以上に物価が高いです。個人的には海外や星にこだわらないのであれば北海道に行った方がよっぽどマシだと思います。もちろん行ってみて気づくこと、勉強になることも多々あります。

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 ここでは子ヤギが飼われていました。あれっ、これって羊だっけ?

   北島は分かりませんが、南島には本当に人間以上の羊がいます。TPP交渉であまりゴネないでおくれよ。

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 近くにはアルパカさんもいました。新たな観光名所として牧場でも作るつもりなのでしょうか。

 前述したように、テカポ湖といえば、星空だけでなく、美しい色でも有名。氷河が削った岩石の粉が溶け込み、独自の青緑色をしています。

 湖畔には約300人が住んでいて、小さいながらも商店やガソリンスタンドが軒を連ねているほか、日本人が運営するレストランもあり、サーモン丼がうまいと評判です。

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 これがテカポ湖。背後の山々を含め、聞きしにまさる美しさ!

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 湖水はちょうどセルリアンブルーの絵の具を水で溶いたような色。視界に入った瞬間、眼の疲れがとれた気がしました。

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 近づいてみても無色透明なのに何とも不思議です。景色だけでは物足りなく感じるタイプの旅好きだけど、それなりに来てよかった。

 それにしても。

 体がやけに重い。そして息苦しい。風邪でもひいたかな。とりあえず時間はたっぷりあるので、スーパーで食糧を買い込んだ後、星空ウォッチングに備えて仮眠することに。
 
 日ごろの行いが良いせいか、マゼラン雲ははっきりと見えました。やはりゴールドコーストは緯度が低いうえ、空が明るすぎたようです。

 大マゼラン雲は南十字星とほぼ同じ大きさ。雲の固まりがとどまっているように見えます。小マゼラン雲も半分ぐらいの大きさで余裕で見えました。北天には肉眼でこんなに大きく見られる銀河はないのでかなり感動。ほかにもオリオン座が日本と逆さまに見えたりして、すごく不思議な感じでした。

 残念だったのは、ここでも降るような星空とはいかなかったこと。雲がやや多めだったとはいえ、空気は澄んでいたし、光害の影響も少なかったのですが、ケンタウルス座のオメガ星団(3・7等級ぐらい)すら視認できませんでした。世界一の星空をアピールしている割には物足りないなあ。しかもこの日の気温は4、5度。装備不足もあり、長時間眺め続けるのは困難でした。

 一向に目的を遂げられない自分が言うのは何ですが、海外で限られた期間内に満天の星空を見たければ以下の点に注意する必要があります。

 第一にできるだけ空気が澄み、晴れやすい場所を選びましょう。これは基本ですね。ハワイのマウナケアのように有名な天文台がある場所ならまず間違いないとみていいかと。

 次に月。満月だとどんなにがんばっても見える星は限られてきます。新月か、早い時間帯に沈む日を選びましょう。これは意外に忘れがちなので要注意。

 さらに都市からある程度離れていて、光害の影響が少ないことも重要です。この点、全体がネオンに包まれている日本はほぼ壊滅状態になってしまいます。
 
 あとは星を見るのに快適だったり、移動しやすい環境にあることも大事です。サハラ砂漠のど真ん中ならこれでもかというくらい星が見えるはずですが、水や食糧が入手できず、プロならともかく、素人にとって現実的とはいえません。この点、テカポ湖は以上の条件をほぼ満たしています。近くにはマウント・ジョン天文台があり、星空見学ツアーも催行されています。

 ただ、当方が訪れた11月は天候面で不向きなようです。この時期からは、天の川が最もはっきり見える射手座や蠍座が地平線の下に隠れ、見えなくなってしまいます。かといって、夏場は空気が澄んでいる一方、かなり寒いので、訪れる場合は十分検討された方がいいでしょう。南天の星空にこだわらないなら、前に触れた夏のヨセミテ国立公園の方がいいかも知れません。まだチリやカナダに行っていないのではっきりしたことはいえませんけど。

 近年のテカポ湖は観光客が増えたため、光害が問題になっているようです。クイーンズタウン郊外の空とたいして暗さは変わらないので、ここにこだわりすぎる必要はない気がします。場合によってはテカポは1日だけの滞在にして、残りをより賑やかなクイーンズタウンにあて、郊外に車で出かける方がいいかも。

 とりあえずマゼラン雲を見られたことには大満足。まだ2日あるので、この日はこれで終わりにして、翌日以降に期待。

 で、翌朝。

 か、体が動かん…

 金縛りにあったように、体がベッドに張り付いたまま。意識ははっきりしているものの、熱もあり、体中から汗が吹き出してきて止まりません。解熱薬を買って飲み、いったんは下がったものの、すぐに逆戻り。

 それにジュースを飲んでもまったく味がしない。
 
 あ~、こりゃ風邪じゃね~な~

 結局、2日間ベッドで寝続けても回復せず、そのまま出発の日を迎えることに。残り2日は天候が悪く、どちらにせよ星はあきらめざるを得なかったけど、サーモン丼は食いたかった。マウントクックも見に行けなかったし。

 テカポからは車でクライストチャーチに向かい、そこから北島のオークランドに飛び、さらに成田へ向かう予定。無理だと思いつつも、とどまるわけにはいかないので出発します。

 クライストチャーチまでは普通なら3時間半の道のりです。しかしこの体では休み休み行かざるを得ず、結局10時間ぐらいかかってしまいました。成田行きの機内で少し寝られたものの、あまりの苦痛で半分過ぎたあたりで起きてしまい、体調も悪化したまま。グアム以降が異常に長かった…

 成田では、エボラ騒ぎの渦中にもかかわらず職員は誰も声をかけてくれず、パスポートを機内に忘れる始末。文字通り命からがら家までたどり着いたのでありました…

 で、即入院。診断結果は肺炎でした…。日本で免疫機能が落ちていたからか、上海国際空港で夜を明かしたためか、テカポで雨に濡れたせいなのか、原因は分からず…ロッジの暖房が昔ながらの暖炉で、部屋全体が暖かくなりにくかったのも原因かもしれません。いや、日ごろの行いが悪かったんだろうな(笑

 入院直後に体温を測ってみると、何と40度。おそらくNZにいたころはもっと高かったはず。よくぞ戻ってこられた、というかくたばらなかったなあ。

 結局、それから2週間ほど入院することに。多額の入院費を支払い、自腹で飛ぶよりもはるかに高くつく結果になったとさ。とほほ…

 旅に失敗やトラブルは付きものだし、以前も旅先で病気になったことはあったとはいえ、さすがに今回はひどすぎました。周囲に多大な迷惑をかけたので、今年は海外旅行を自粛するつもり、だけど、この懲りない男はきっとまた無謀な旅をするんだろうな。。。


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再び南へ・その3 [旅の記録]

 上海観光を夕方で切り上げ、タクシーで上海国際空港へ。NZ航空便でオークランドへ向かいます。

 ところが、ここで予期せぬトラブル。現金不足でタクシー代を払えなかったことは前に触れましたが、さらなる追い討ちが。何と、

 飛行機に乗りそびれてしまうことに。。。

 いい加減なNZ航空社員の誘導にだまされて、エラい目に遭ってしまいました。

 夜10時台の便だったので、この日のNZ航空便はなし。翌日便に振り替えてもらうか、キャンセルして帰国するしかありません。ホテルやレンタカーを予約しているので後者は避けたい。とりあえずNZ航空の人に相談しようって、いつの間にかカウンターに誰もいなくなってるんスけど。。。

 NZ航空に国際電話をかけてつたない英語でまくしたて~全日空から便を振り替えるよう依頼してもらい~苦労の末に何とか便の変更はできました。とはいえ、1日の遅れはかなり痛い。しかも両替を済ませていたので手元に中国元はほとんどなく、両替所もしまっていたので翌朝までレストランを利用できず。翌日便の出発は14時台。長すぎる(泣。ベンチで寝たりして時間をつぶしたものの、この時点ではこのトラブルが後々まで尾を引くことになるとは知る由もなく。。。

 ともかく、1日遅れで北島のオークランド国際空港に到着。時間をつぶした後の12時間のフライトはさすがにきつかった。予定では市内で1泊する予定だったのですが、泣く泣く削ることにして、そのまま2時間かけて南島のクイーンズタウンへ。

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 雲が近い!空気がうまい!太陽がまぶしい!ようやく人心地着いた、と言いたいところですが、ここには泊まらないという(泣。目的地はレンタカーで4時間程度かかる場所にあるテカポ湖。世界で一番星が美しく見える場所だそうで。どうも体が重いけど無事たどり着けるかな。車は豪州と同じカローラです。

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 せっかくなのでざっと観光することに。世界的に有名な保養地だけあって清潔で景色も抜群。でも長期滞在の家族向けだね、ここは。一人旅のオヤジには場違い感ありまくりです。

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 ここにある有名なハンバーガー屋は行列ができていたのでパス。日本よりおいしいとも思えないし別にいいや。そもそも食にこだわりはないので、うまそうではないけど安かったフィッシュアンドチップスを買い、胃袋におさめて出発。

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 到着したときは晴天だったのに、すぐに曇り始め、ぽつぽつと雨が。山の天気は変わりやすいからと思っていたら、道中ずっと降ったり止んだりでした。

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 テカポ湖までは何百キロもあるのに曲がったのは2、3回じゃないかな。何せほとんど人が住んでいないので、道路網はいたってシンプル。ハイウエイではない片側一車線で、混み合っている箇所もあり、期待していたほど快適なドライブではありませんでした。

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 それなりに雄大な景色が広がってはいるものの、ずっとこんな感じなので飽きやすい。はっきり言って、この国は過大評価されてると思うな。似たような景色でもドライブするなら米国の方がいいのでは。数日いただけなのでこの評価は厳しすぎるかな。

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 実際、こういう寂しい景色はむしろ大好き。この湖はプカキ湖といって、目的地のテカポ湖に近い場所にあります。テカポ湖は美しい色で有名ですが、プカキ湖もそれとはまた違った独特な色をしています。

 う~ん、やっぱりパノラマ表示させないとよく分からん。

 結局、道中はずっとぐずついた天気で、夜半にテカポへ到着したころには嵐に近い状態。しかも標高が約700メートルと高いので、日本の冬並みの寒さ。後で聞いたらNZの11月は春先とはいえ寒く、天気もあまり良くないようです。ま、3日間滞在するので星は大丈夫でしょう。


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再び南へ・その2 [旅の記録]

 上海は、東京を除けば世界で一番好きな都市かもしれません。歩いていると大量の古い洋館に出くわし、歴史的な出来事に関連している場合が少なくない。〝本場〟西洋に比べて建物の完成度が低く、どことなく富を誇示するかのような、子供っぽさを漂わせている点もそそります。

 上海に行かれたら、ぜひともまだ暗いうちに起き、魔都と呼ばれた時代を想像しながら朝靄に包まれた誰もいない雑踏を歩いてみて下さい。 きっとおすすめする理由が分かるかと思います。

 戦前の上海には、フランス租界と、英米の租界をまとめた国際共同租界がありましたが、さらに日本租界と呼ぶ地域もありました。正式なものではなく、日本人が多く住んだ北部一帯を便宜的に呼びならわしたものです。ブロードウエイマンションから四川北路という大きな道路を北上し、魯迅公園に至る、虹口(ホンキュー)と呼ぶ一帯が中心になります。

 短期滞在も含めると、現在の上海には10万人を超える在留邦人がいるそうです。これは戦争直前の最も多かった時期にほぼ匹敵する数字です。ただし、戦前の上海は今ほど人口が多くなかったので、当時の方が日本人の姿は目立っていたと思われます。和装の人も多かったですしね。日本租界は洋風建築が多いながらも生活は内地とそれほど変わらず、不自由することは少なかったみたいです。そういった異文化が混在した時代の名残が感じられるのもこの街の魅力です。

 四川北路沿いには古い建物が比較的多く残されており、下調べしなくても重要な建物かどうかが何となく分かります。

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 これはニューアジアホテル(新亜大酒店)。1934年竣工の当時有名だったホテルです。当時としては珍しく、売春やアヘンの吸引を厳格に禁じていたとか。
           
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 このファミマがあるビルには日本の憲兵隊本部がありました。現在は中国銀行の宿院宿舎になっているようです。

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 さらに北へ進むと、右手にあるのが永楽坊というアパートのような建物。実は、この一角に梅機関がありました。梅機関は陸軍の影佐禎昭が率いた特務機関です。自民党の谷垣さんのおじいさんですね。

 梅機関は国民党の超大物だった汪兆銘を引き抜き、南京政府を樹立させるうえで大きな役割を果たしました。皮肉にも、このことが中国との和平のラストチャンスをつぶしまう結果となってしまいました。

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 実験中学校。面白い名前ですね。ここは昔、最初の日本人学校である北部日本人小学校でした。1917年建設だそうですが、残念ながら中に入れず。

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 さて、少し北へ進むと、左手に多倫路(ドゥオルンルー)文化名人街の入り口があります。ここにもファミマが…なんかやけに増えたなあ。

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 多倫路文化名人街は長さ約550メートルの路地で、魯迅や郭沫若、郁達夫といった文化人にちなんだ建物が並んでいます。完全に観光地化されていて、立派な建物ばかりで、こぎれいすぎるのがかえって気に食わない。郁達夫には興味があるけど、時間の都合もあり、ぶらっと歩いただけで終了。

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 ただし、普通に歩く分には見所が多いので、中国の歴史や文学に馴染みのない人でもそれなりに楽しめるかと思います。 
            
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 店主の内山完造が魯迅をかくまったりしたことで知られる内山書店のあった場所です。内山書店は魯迅以外の中国の文化人も集ったサロン的な存在でした。彼がいなかったら、20世紀前半の中国文学はずいぶん寂しいものになっていたと思います。

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 内山書店の近くには、上海海軍特別陸戦隊本部のビルもありました。日本海軍唯一の陸戦隊で、第一次、第二次上海事変で大活躍した部隊です。

 1929年竣工だったかな。ニューアジアホテルなんかもそうですが、ほぼ同時期のアール・デコとは明らかに一線を画していて装飾はありません。実用重視で人間味がない分、いかつく、不気味にも感じます。

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 おまけ。日本車やドイツ車に比べるとまだまだとはいえ、中国車もかなりマシになってきた気がします。シエンタ、アルファード、コペンと、日本メーカーが相変わらず最低なデザインの車を生み出し続けていることを考えると、遠からず追い抜かれる日が来るのかもしれませんね。


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再び南へ・その1 [旅の記録]

 豪州旅行の次のチャンスが巡ってきたのは昨年11月。ちょっと遅めの夏休みです(エヘッ

 てか、遅めどころじゃない(笑

  さて、LCCで豪州へ飛んだ分、全日空のマイルを温存できたので、今回はかなり遠くまで行けます。この間、南ア、UAE、フランス、香港と海外出張のチャンスをことごとく逸したせいもあり、再び面白い場所はないかと暇を見つけては世界地図とにらめっこ。

 ただ、まとまった休みといっても最大9日間なので、いざ候補をピックアップしようとするとやっぱり選択肢が少ない。できれば南米のクスコやアタカマ砂漠、ウユニ塩湖に行きたいけれど、これは完全に不可能。ラサからエベレストを経由してカトマンズに抜けるルートも10日はないと厳しいもよう。やはり行きそびれていたイランも、ビザを取得する時間が足りなかったため断念。あれやこれやで最後まで候補に残ったのが北欧とニュージーランドでした。実はこの両地域、全日空のマイルだとサーチャージ代がかかりません。これ豆知識ね。

 正直言って、若いころは、というか今もさして興味のない場所ですが、それでも何か面白いことがあるやろと気を取り直し、思案の結果、NZを選択。北欧の寒さを避けたかったのと、豪州で見そびれたマゼラン雲を見られると思ったのが決め手となりました。豪州より南緯が高いNZならマゼラン雲や南十字星は一晩中沈まないので、よほど運が悪くない限り見られるはず。

 さて、午前便で成田を飛び立ち西へ。すると首都圏が視界に入ってきました。

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 北東方面から撮影した東京都心。中央の大きな森のように見えるのが皇居、その右下にある白い建物は東京ドームです。真ん中右はじには新宿副都心も見えます。

 普段は埋もれているので意識しませんが、改めて巨大さに圧倒されます。羽田到着時に見られる夜景はもっとすごいです。いかんせん街が大きすぎて都庁やスカイツリーからですら一枚の写真に収まり切らないのが本当に残念。ネットにアップされている写真もほとんどが部分にすぎないですしね。 

 と、ここでおかしいと気づかれた方はさすが!

 実は当方が乗ったのは直行便ではなく上海行き。直前だったので往路は直行便を確保できず、経由せざるを得なかったのです。とはいえ、後述するように、上海にも行きたい理由があったので結果オーライ。

 それにしてもマイル枠少なすぎ。それにJCBのポイントをマイルへ変換する際の手数料がいつの間にか5000円と2倍に。その年なら何度でも変換できるとはいえ、どんどんダメになっていっている気がします。

 ちなみに、オセアニアではJCBがほとんど使えません。今回は直前でアコムのマスターカードを作ってことなきを得たものの、全日空JCBカード1枚で済ませている当方にとって不便なことこの上ない。大半のルートを経験したことだし、そろそろマスターかビザに鞍替えしよっかな。

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 成田→上海便は太平洋ベルトの北側をなぞるように飛ぶので、左側の窓際に陣取れば京都、岡山、広島、北九州と見られてかなりおすすめ。首都圏の通過直後に富士山も拝めます。雪をいただいた富士山は本当に美しい。日本人でよかったと心から思える瞬間です。

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 所要3時間半で上海国際空港に到着。ここで1泊する予定だったので、トランスラピッド(マグレブ)で市内へ。上海には5、6回来ていますが、リニアは初めて。

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 乗り心地はTGVよりはマシかな。300キロオーバーだとやっぱ速いね。値段が高すぎるせいか、ほぼ一人で車両を独占できました。一方、これが鳴り物入りで登場した乗り物かというくらい内装がショボイ…。運用面も含め、新幹線のすごさを再認識。

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 個人で上海に行く際には外灘(バンド)の裏手に宿をとります。再開発を重ねてきた上海の中でも、この辺りは町並み保存地区に指定されているらしく、昔ながらの建物がわりかし残っていて、租界の雰囲気を堪能できます。中心部なのに薄暗くて人が少なく、ゴーストタウンのようですが。

 写真は租界行政を担っていた工部局があった建物。何だかエントランスがしょぼくなってる…以前はもっと立派だったと思うんだけど。木が邪魔だし。ホテルはこのすぐ近くにあり、設備が整っていて値段も安かったので、ネットがつながりにくい点以外はまずまず満足できました。

 オールド上海と呼ばれる一帯はさほど広くないので今回も歩きます。この時期の上海は陽が暮れるのが早いため、この日はバンド周辺をブラブラする程度にとどめます。

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 前に書いたように、初めて中国を訪れたのが1993年。当時のバンドは堤防すらまともに整備されていませんでした。今の整った景観は当時を知る者としてかなり違和感あります。

 最後に上海へ来た10年前よりさらに発展した様子。もっとも気のせいか、この国独自の悪趣味が頭をもたげ始めている気が…。ろくにウォーターフロントを活用できない東京や大阪よりはマシかもしれませんけど。

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  町並みにもどことなく違和感が。全体的に舗道などのインフラが古びてきている印象。再開発がスタートして30年も経っていないのに。コンクリートの質が悪くて劣化しやすいのか、東京から来たので単にそう見えただけなのか…。あまりにも急速に膨張してきたので一段落といったところなのでしょうか。それともやっぱりバブルが弾けつつあるのかなあ。

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 ファミマでは330ミリリットルの缶コーラが2・8元(約55円)。日本だと100円を切る500ミリリットル缶もあるので、所得の差を考えれば安いとはいえません。驚いたのが空港までのタクシー代。手持ちの現金では足りず、運転手に待ってもらって空港内で両替することに。

 外灘を北に進むと外白渡橋という橋があります。昔ガーデンブリッジと呼ばれ、日中戦争の際には多くの避難民が行き交った由緒ある橋です。

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 橋の北詰には右手にロシア大使館、左手にブロードウェイマンション(百老匯大廈)があります。1934年完成のブロードウェイマンションは高さ78メートル。かつてアジアで最も高く、児玉機関の本拠地にもなった建物です。魔都上海と聞くと、この鳥が翼を広げたような奇怪な建物を真っ先に思い浮かべます。

 2日目は外白渡橋の北側一帯を歩きます。


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